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かどや大福帳

 

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笑う初物 その2

さてさて、先日の「初物」話の続き。

「初物を食べるときは東を向いて笑え」

実は、この向く方向、関東(東日本)関西(西日本)では逆になるというお話をしました。
さらには、東日本に属する我が故郷で、なぜ西日本側で言われる「東」を向いて笑えと言われているのか。それには、我が故郷と関西地方との微妙なつながりがあるというフリで前回は終わっておりましたね。

さて、我が郷土と関西との微妙なつながり。
なんとなく民俗学っぽい話でもありますが、時は戦国時代に遡ります。

織田信長という異能の戦国大名が力をつけ、足利将軍家も必要なくなった頃、彼は越後の上杉謙信との戦を控えつつも、加賀の一向一揆衆の鎮圧もしなければならない事態に陥りました。
この時、織田信長は美濃や京におり、中国四国方面、機内方面、越前越中方面等々、各方面に主要な家臣を軍団長として方面軍を組織するという画期的な戦略をとっていたんですな。
この内の一人が重代の家臣で「かかれ柴田」の異名を持つ猛将、柴田勝家。
彼は謙信存命の頃から、越前越中方面軍の軍団長として駐留しており、謙信には大敗するものの、その後の上杉景勝・直江兼続軍との対決では勝利し、さらに加賀一向一揆衆も鎮圧。越前のみならず越中まで手中に収める活躍をした訳です。
この時に、機内方面から主たる物資の搬送、兵員の補充などを行っていたわけですが、その名残りが琵琶湖畔を通る主要な街道となったり、鉄道網の一部となったりしているそうです。

そう、つまりは、現在の関西圏と北陸日本海側とは何百年も前から軍需物資の搬送から発展した商いの道ができていたんですよ。
自分で言っておいてさらに言い重ねるのもおこがましいですが、そう言われてみると、TSUTAYAもできるのが早かった気がしますし、ローソンも早かったなと。いずれも関西が発祥の地。
そうそう、テレビ番組も関西系のものが多かったですよ。ピッカリ君や上岡龍太郎さん、さんまさんや関西漫才の方々、噺家の鶴瓶さんやざこばさん等々、挙げればキリがありませんが、ガキの頃からよく関西の芸人さんたちをテレビで見ていた記憶があります。

なんだ、実は結構なつながりがあったんだなぁなんて。
これらの事象が「東を向いて笑え」ということに簡単に繋がりはしないでしょうが、こうやって考えてみるのも楽しくないです?
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